賀曽利隆の観文研時代[138]

六大陸食紀行

共同通信配信1998年〜1999年

第1回 サハラ砂漠

 私はこの30年間、バイクで世界を駆けまわっているが、とくにこの10年あまりは「食」に興味を持って旅している。私のやりかたは徹底した現地食主義。バイクで世界を走りながら口にした様々なものをみなさんにお伝えしよう。

 アフリカのサハラ砂漠縦断では何度となく遊牧民の家に泊めてもらったが、まずは歓迎の意味をも込めて水を出してくれる。ヒツジの皮袋に入った水。それをホウロウの器に注いでくれる。ひやっとし冷たい茶色い水で、皮の臭いとでもいおうか、焦げついたような味がする。

 この色つきの、臭いつきの水が飲めなければもう失格。女、子供が2時間も3時間もかけ、大変な思いをして水場から汲んできたものなのだ。それをうまそうに飲み干したところで、はじめて彼らとコミュニケーションがとれる。

 夕食は木臼に雑穀を入れ、竪杵で搗いて粉にし、鍋で煮固め餅状にしたもの。それをホウロウの洗面器型の器に盛り、上からヒツジのミルクをかける。家族全員で器を囲み手づかみで食べる。私も一緒に食べさせてもらったが、粉とミルクだけの淡白な味なので、辛味とか塩味といった何かほかの味が欲しくなった。

 ラクダやヤギ、ヒツジなどの家畜とともに暮らすサハラの遊牧民だが、彼らが家畜を殺して肉を食べることはめったにない。彼らの生き方は、増やした家畜や乳製品をオアシスの市場で売り、それで得たお金で主食の雑穀などを買って帰るというものだ。

 夕食後のお茶の時間が楽しい。茶は中国製の緑茶。それをホウロウの小さな急須に入れ、水を注ぎ、火にかける。沸いてくると砂糖のかたまりを急須の中に入れる。砂糖が溶けると急須を目の高さくらいに持ち上げ、地面に置いた小さなコップに上手に注ぎ、飲みやすい熱さにする。

 同じ茶の葉で三度飲む。最初の一杯目は苦みが強く、二杯目は苦みと甘みが交錯し、三杯目は甘みが強くなる。家族団欒の茶飲み話が、星空の下でいつまでもつづくのだ。

朝食後の一家団欒でお茶を飲むサハラの遊牧民(ニジェール)
朝食後の一家団欒でお茶を飲むサハラの遊牧民(ニジェール)

第2回 西アフリカ・サバンナ地帯

 西アフリカのサハラ砂漠以南のサバンナ地帯では、雑穀を栽培し、それを主食にしている。私が行ったのは乾期の11月で雑穀の収穫が終わり、バイクで走り過ぎていく村々では、収穫した雑穀の穂を穀物倉に入れたり、脱穀作業で忙しそうにしていた。

 泊めてもらった村で雑穀の脱穀作業を見せてもらった。

村人総出で雑穀の脱穀をする(マリ)
村人総出で雑穀の脱穀をする(マリ)

 幼稚園の運動場ぐらいの大きさの、きれいに掃き清められた広場に雑穀の穂を広げ、一日、乾かす。夜は牛などの家畜に喰い荒らされないように男たちが寝ずの番をした。

 翌日20人くらいの男たちが集まり、枝つきの木を切る。彼らは枝の方を手に持って一列に並び、その木の棒で雑穀の穂をたたき、穂から実を落としていく。「稗搗き節」のような胸にしみる唄を歌いながらの脱穀作業だった。

 そのあとは女たちの出番で穂から落とした実を箒ではいて集め、器に入れ、頭の高さぐらいから下に落とす。風の力で殻やゴミは飛び散り、重い雑穀の粒だけが真下に落ちる。こうしてより分けられた雑穀の粒は、雑穀の穂の入っている穀物倉とはまた別な穀物倉に入れられた。

 この雑穀が彼らの主食になる。木臼と竪杵を使って粉にし、沸騰した鍋に入れて煮固め、餅状にする。それを器に入れ、別の器に汁を入れ、2つの器を囲んで食べるのだ。食べ方は手づかみ。餅状のものをつかみ、手の中で丸め、親指でへこみをつくり、汁をすくうようにして食べる。

 汁には木の実からとった脂や塩、乾燥させたオクラを木臼で搗いて粉にしたもの、南京豆を木臼で搗き、さらに石臼で磨って味噌状にしたものなどが入っていた。

 彼らの食事を見て、ひとつ感心させられたことがある。

 大人は腹8分目ぐらいになったところで食事の席を立つことだ。残ったものは育ちざかりの若者たちが食べる。それは年間を通しての食料の確保につながり、健康にもよいし、世代間のコミュニケーションもとれるしと、きわめて合理的な食べ方といえる。

第3回 西アフリカ・熱帯雨林地帯

 北の地中海から南のギニア湾を目指してのサハラ縦断でおもしろいのは、砂漠を抜け出て南下すると、どんどん緑が増え、サバンナから熱帯雨林へと鮮やかにかわっていく風景を見られることだ。

 サバンナでは雑穀を主食にしているが、熱帯雨林になるとタロイモ(サトイモの類)やヤムイモ(ヤマイモの類)、キャッサバといったイモ類、それとプランタインが主食になっている。プランタインは料理用のバナナで青いうちに食べるが、その食べ方というのはイモ類と変わらない。(なお、これら4種の作物の中では、南米原産で16世紀にアフリカに伝わったキャッサバを一番多くつくっている)

鍋で煮たイモ類を臼で搗いてフーフーをつくる(ガーナ)

 サバンナの村々では1年に1度収穫する雑穀を貯蔵するための穀物倉を必ず見るが、熱帯雨林になると、穀物倉を見ることはまずない。畑に行けばいつでもイモ類が収穫できる熱帯雨林は、畑自体が食料庫といった世界なのだ。

 プランタインを含めたイモ類の食べ方だが、包丁で皮を削りとり、鍋でゆで、木臼に入れ、竪杵で搗いて餅状のものにする。その餅状のものをフーフーと呼んでいる。ここでひとつ興味深いのは、イモ類を鍋で煮るだけで食べられるのに、さらに臼で搗いて餅状のフーフーにすることだ。

 各家、各人の好みのフーフーがあり、キャッサバだけのフーフーだったり、タロイモやヤムイモ、プランタインだけだったり、またはブレンドしたり、そのブレンドも混ぜる種類や割合を微妙に変えたり。私の好みでいえば、一番ねばり気の強いヤムイモのフーフーが好きだ。また、プランタインを加えると、若干、甘味が出てくる。

 さてこのフーフーの食べ方だが、出来上がったフーフーを洗面器型をした器に入れ、別の器にこの地方特産のヤシ油で味つけした汁を入れ、2つの器をみんなで囲んで食べる。これは雑穀を主食とするサバンナの食べ方とまったく同じ。私はフーフーを食べながら、これがアフリカの食文化なのだと感動してしまう。