賀曽利隆の観文研時代[136]

賀曽利隆食文化研究所(25)仁賀保編

『ツーリングGO!GO!』(三栄発行)2004年11月号 所収

序論

 秋田県の鳥海山麓の仁賀保にある「キッチンさかなやさん」で、とれたての岩ガキを食べられるという情報をキャッチした。ここは『ツーリングマップル東北』にものっている店。すぐさまDR-Z400Sで夜明けの東京を出発。東北道→山形道→国道7号で仁賀保へ。岩ガキを食べたい一心で520キロを7時間で走り、昼前には仁賀保駅前に着いた。

調査

 さっそく仁賀保駅に近い「キッチンさかなやさん」に行き、待望の天然岩ガキを賞味する。大皿に2個、殻つきの岩ガキがのっている。

「デカイぞ!」

 殻の大きさは20センチほど。それにレモンが添えられている。

 殻の中の岩ガキを箸でつまみ、口に入れる。濃厚な味わいだ。日本海の潮の香が口の中、いっぱいに広がる。レモンを絞ってかけるまでもなく、生の、そのままの岩ガキを食べた。潮が最高の調味料になっている。

 フライにしたり、焼いたりすることもあるが、岩ガキはやはり生で食べるのが一番。食べ終わったあとは、
「仁賀保までやってきてほんとうによかった!」
 と思った。

結論

 鳥海山が日本海に落ち込むこのあたりの一帯は、日本の岩ガキの名産地。膨大な鳥海山の伏流水が海に湧き出るあたりが絶好の漁場になっている。

 岩ガキ漁は7月、8月の2ヵ月に限られているので、岩ガキを食べられる期間も限られる。まさに夏期限定の味だ。

 山形県の吹浦、秋田県の象潟、金浦、平沢などの各漁港が岩ガキ漁の中心になっている。

「キッチンさかなやさん」の岩ガキを食べると、すぐ近くの平沢漁港に行ってみる。ちょうど沖合では岩ガキ漁をしていた。

 防波堤の突端まで歩いていくと、港外の防波堤の下には3隻の船外機つき小船が浮かんでいる。素潜りの漁師さんが海に飛び込んでは海底の岩ガキを鉄製の鉤でとり、船にくくりつけた浮輪に入れていく。

 ここでの岩ガキ漁は「海士(あま)漁」。岩ガキをとるのは男性のみで、女性はやらない。

 ところで「あま」だが、男性が海士で、女性が海女になる。

「あま漁」というと志摩あたりの海女さんを思い浮かべ、女性専門の仕事のようなイメージもあるが、もともとは男性も女性もやっていた。

 仁賀保のように男性だけがやるところも多い。

 日本の「あま漁」の歴史は古い。福岡県の玄界灘に面した鐘ヶ崎がその中心だといわれている。漁港のある鐘ヶ崎の集落を抜け出た鐘ノ岬の織幡神社境内には、「日本の海女漁発祥の地」記念の海女像が建っている。

 鐘ヶ崎の海士や海女たちは進んだ「あま漁」の技術を持って、日本各地の海へと出稼ぎに出た。そこに住み着き、分村をつくることも多かった。そのことによって「あま漁」の技術は日本各地に広まった。

 九州の鐘ヶ崎と東北の仁賀保は「あま漁」という線でつながっている。

 仁賀保漁港の堤防上で岩ガキ漁を見ながら、日本の「あま漁」の歴史や日本を結ぶ思いもよらない線に興味を馳せるのだった。