我が思い出のバイク[12]

DR250SH

「東京→サハリン」(1991年)を走ったスズキのDR250SHです。林道経由で「東京→稚内」を走り、稚内港からロシア船でサハリンに渡りました。写真はサハリン南部です。
DR250SH(1991年)
DR250Sに車高を2段階に調整できる機能が追加されたのがSH。さらに91年にはセルフスターターが装備されてSHEと進化した。DR250SとSHは、4スト250のデュアルパーパスモデルとして、国内で唯一倒立フロントフォークを採用していた。
エンジン:油冷4サイクル単気筒 249cc
最高出力:29ps/8,500rpm
最大トルク:2.5kgm/7,000rpm

我が思い出のバイク[11]

ハスラー50(水冷)

「世界一周」(1990年)のスズキ・ハスラー50です。「日本一周2万キロ」を走ったハスラー50をアメリカのロサンゼルスに送り、アメリカを横断。ニューヨークからロンドンに飛び、欧亜を分けるボスポラス海峡を渡ったところです。
旅の様子はメルマガ「カソリング」にて紹介しています。
50ccバイク世界一周
 カソリングvol.157(2013年9月2日発行)
             〜vol.204(2017年8月1日発行)

我が思い出のバイク[10]

ハスラー50(水冷)

「40代編日本一周」(1989年)の相棒、スズキのハスラー50(水冷)です。ここは四国の最高峰、石鎚山のすぐ下で、ハスラー50は急坂も楽々登ってくれました。
ハスラー50(1983年)
ハスラーシリーズの末弟。1971年に発売開始。1983年に水冷エンジンが採用されると同時にフロント21インチ、リア18インチのフルサイズに。リアサスペンションにはフルフローターサスペンションが装着されグッとスポーティに変身した。
エンジン:水冷2サイクル単気筒 49cc
最高出力:7.2ps/7,200rpm
最大トルク:0.72kgm/7,000rpm
スペックは日本モーターサイクル史(八重洲出版)より引用

我が思い出のバイク[8]

DR250S

「南米一周」(1984年〜1985年)の相棒のスズキDR250Sです。最大の難関はアマゾンの密林越えでした。すさまじい泥土地獄で、泥を取る木の棒が一番の必需品でした。
DR250S(1982年)
1982年に発売されたスズキ初の4ストローク250ccディアルパーパスモデル。
エンジン:空冷4サイクル単気筒 249cc
最高出力:22ps/8,500rpm
最大トルク:2kgm/6,500rpm
スペックは日本モーターサイクル史(八重洲出版)より引用
旅の様子はメルマガ「カソリング」にて紹介しています。
 カソリングvol.138(2012年10月17日発行)

我が思い出のバイク[7]

DR500

1982年の「パリダカールラリー」にスズキのDR500で参戦しました。風間深志さん(右)と2人だけの「チーム・ホライゾン(地平線)」を結成しての参戦でした。
ぼくは大会10日目に大事故を起こし、パリの病院まで空輸されましたが、よくぞ生きて帰れました。
DR500(1982年)
DR500Sをベースにしたエンデューロマシン。バハ1000などを舞台とするデザートレース用。そのため、小さな灯火類が付く。リヤサスは前後倒立の2本式。
エンジン:空冷4サイクルOHC単気筒 498cc
最高出力:36.5ps/6,500rpm
最大トルク:4.39kgm/5,699rpm
日本モーターサイクル史(八重洲出版)より引用
パリダカール・ラリー(Rallye Dakar)
1978年に始まった冒険レース。12月のパリをスタートし、地中海を渡り、サハラ砂漠を縦断。アフリカの西海岸、セネガルの首都ダカールにゴールした。その後、1992年のケープタウン(南アフリカ)、2000年のカイロ(エジプト)など、ゴールが変更されることもあった。2009年には南米へとステージを変更するが、現在も一貫してダカールの名称が使用されている。 風間氏と賀曽利がこのレースの二輪部門への最初の日本人参加者だった。ちなみに風間氏は完走、二輪部門で総合18位の成績を残している。

我が思い出のバイク[6]

ハスラー50(空冷)

「30代編日本一周」の相棒のスズキ・ハスラー50(空冷)です。シンプルなメカニズムで、車載工具でシリンダーヘッドを開け、カーボーンを落としていましたよ。これが我が「日本一周」の原点です。
ハスラー50(空冷)(1978年)
1971年に発売開始、78年に大幅なモデルチェンジが行われた。
エンジン:空冷2サイクル単気筒 49cc
最高出力:6ps/8,500rpm
最大トルク:0.52kgm/7,500rpm
スペックは日本モーターサイクル史(八重洲出版)より引用

我が思い出のバイク[5]

ハスラー250

ぼくが「峠越え」を始めたのは1975年3月28日のことです。スズキのハスラー250を走らせ、奥武蔵の峠を越えました。ここは虚空蔵峠です。峠越えの最初の頃はいつもハスラー250で、「ハスラー命!」のカソリでした。
ハスラー250
スズキのワークスモトクロッサーRHのレプリカモデルとして1969年に初登場。250のハスラーは1981年まで発売された。
エンジン:空冷2サイクル単気筒 246cc
最高出力:22ps/6,500rpm
最大トルク:2.5kgm/5,500rpm
(1974モデル)
スペックは日本モーターサイクル史(八重洲出版)より引用

我が思い出のバイク[4]

GT550

「六大陸周遊」(1973年〜74年)の「南部アフリカ編」はスズキのGT550で回りました。写真は南アフリカのドラケンスバーグ山脈の峠に向かっていく国道で、カソリ、GT550の高速走行に酔いしれていました。
GT550Disk(1972年)
GT750に始まったスズキ3気筒シリーズの第3弾。速さよりも操作性にウエイトがおかれ、ディスクブレーキとセルモーターが付いていた。
エンジン:空冷2サイクル3気筒 543cc
最高出力:50ps/6,500rpm
最大トルク:5.5kgm/6,000rpm
日本モーターサイクル史(八重洲出版)より引用
旅の様子はメルマガ「カソリング」にて紹介しています。
 カソリングvol.54(2004年9月5日発行)

我が思い出のバイク[2]

TS250

1971年から72年にかけての「世界一周」を走ったスズキのハスラーTS250です。日本人初となるバイクでの「サハラ砂漠縦断」をなしとげました。
ハスラー250(1971年)
3月発売の3型は2型より車重が10kgも軽くなり、プライマリーキックとPEI点火を採用。オフロードの走破性が一段と向上した。
エンジン:空冷2サイクル2気筒 246cc
最高出力:22ps/6,500rpm
最大トルク:2.5kgm/5,500rpm
日本モーターサイクル史(八重洲出版)より引用