『地平線通信』(第20回目)

2020年2月号より

「一宮めぐり」から「国府めぐり」へ

●70歳の誕生日を迎えた2017年9月1日、スズキの250ccバイク、Vストローム250を走らせて、「70代編日本一周」に旅立ちました。この「70代編日本一周」は「地平線通信』で書かせてもらい、昨年1月の地平線会議の報告会でも話させてもらいましたが、94日間で2万5296キロを走り、12月17日に東京・日本橋にゴールしました。日本の47都道府県に足を踏み入れ、47都道府県庁所在地を通過し、「日本本土四極」の納沙布岬(北海道)、宗谷岬(北海道)、神崎鼻(長崎)、佐多岬(鹿児島)の最東西南北端に立ちました。

●「岬のカソリ」は「日本本土四極」のみならず、北海道の4極、本州の4極、四国の4極、九州の4極と、「日本本土十六極」に立ちました。さらに沖縄本島では最北端の辺戸岬と最南端の喜屋武岬(実際にはその南の荒崎ですが)にも立ちました。

●しかし、「70代編日本一周」で、それ以上にこだわったのは日本の旧国です。今回の日本一周では、日本の「五畿七道」の68ヵ国に足を踏み入れました。「五畿」は畿内の大和、山城、摂津、河内、和泉の5国、「七道」は東海道の15国、東山道の8国、北陸道の7国、山陽道の8国、山陰道の8国、南海道の6国、西海道の11国です。島国の佐渡(北陸道)、隠岐(山陰道)、壱岐(西海道)、対馬(西海道)、淡路(南海道)の5国にも渡りました。

●バイク旅の良さは「境」がよくわかることです。旧国の国境では極力、バイクを止めるようにしました。峠や大河のようなわかりやすい国境はいいのですが、たとえば伊豆と駿河のような通り過ぎたのも気がつかないような国境では何度も行き来しました。そして旧東海道の幅2、3メートルほどの川(境川)が国境になっていることを確認するのでした。

●日本の旧国を面白がるようになったのは、民俗学者の宮本常一先生が所長をされていた日本観光文化研究所で、日本を歩かせてもらうようになった30代からのことです。地図を見ると、まずは旧国の国境に赤線を引きました。国境の赤線を引くと、たとえば静岡県だったら伊豆、駿河、遠江で、愛知県だったら三河、尾張で、岐阜県だったら美濃、飛騨で見ていくという旅の仕方です。

●「50代編日本一周」(1999年)と、それにつづく「島めぐり日本一周」(2001年〜2002年)でも日本の旧国68ヵ国をまわりましたが、そのときは旧国のシンボルとしてそれぞれの国の一宮、68社をめぐりました。驚かされたのは68国のすべてに、千何百年という歳月を乗り越えて、一宮が残っているということでした。何という生命力。それ以降、カソリの「一宮めぐり」は始まったのです。

●一宮は1国1社ではなく、複数社の国も多いので、カソリのカウントでは全部で105社になりました。ということで、ことあるごとに日本各地の一宮をめぐるようになったのです。「一宮めぐり」を始めて21年目、昨年(2019年)、ついに100社を超えて102社になりました。残るのは越中の一宮の雄山神社と、出羽の一宮の大物忌神社です。ところがこの2社が大変なのです。雄山神社は立山の山頂に、大物忌神社は鳥海山の山頂にまつられているからです。

●7月26日、まずは越中の一宮、雄山神社に向かいました。里宮の2社、岩峅寺の雄山神社(前立社壇)と芦峅寺の雄山神社(中宮祈願殿)を参拝し、立山の玄関口の立山駅へ。そこからケーブルカーと高原バスで標高2450メートルの室堂まで行きました。室堂から立山登山が始まります。ヒーヒーハーハーいいながら標高2690メートルの一ノ越まで登り、雄山山頂への急坂を攀じ登りました。

●立山は雄山(3003m)、大汝山(3015m)、富士ノ折立(2999m)の3峰から成っていますが、そのうちの雄山山頂に雄山神社の本宮がまつられています。雄山の山頂に到達したときは感動の瞬間で、そこからは北アルプスの後立山連峰の山々を一望するのでした。すぐ近くまで雷鳥の親子がやってきて、登山の疲れを癒してくれました。雄山神社の本宮では若い神主さんにお祓いをしてもらいました。

●8月30日には出羽の一宮、大物忌神社に向かいました。大物忌神社の蕨岡口の宮と吹浦口の宮の里宮2社を参拝し、鳥海ブルーラインで鳥海山5合目の鉾立へ。「鉾立山荘」で一晩泊まり、翌日、鳥海山の山頂を目指しました。御浜小屋で昼食を食べ、猛烈な風が吹き荒れる稜線上の道を登り、ついに鳥海山山頂直下の御室小屋に到達。御室小屋に隣りあって大物忌神社の山頂本社を参拝しました。立山と鳥海山に登れたのは、「日本百名山」を登っている坂本夫妻が同行してくれたからでした。お二人には感謝、感謝です。鳥海山頂の大物忌神社の参拝を終えると、ぼくは新たな地平線を見る思いがしました。

●「一宮めぐり」は日本の旧国を見てまわるのにはすごくいい方法ですが、いよいよ旧国の本丸に迫っていきたくなったのです。ということで、かつての旧国の中心の「国府めぐり」をしようと決めたのです。「国府めぐり」を始めたのは2020年になってからのことです。まずは地元から始めました。神奈川県伊勢原市の我が家に近い相模の国府へ。ここは大磯町になりますが、「国府」(こう)の地名が残っています。相模の総社の六所神社を参拝し、国府津にも足を延ばしました。つづいて海老名へ。ここには国分寺跡と国分尼寺跡がありますが、「国府めぐり」では「国府」と「総社」、「国分寺」をセットで見ていこうと思っています。

●相模の次は武蔵の国府です。JR南武線の府中本町の駅前が国府跡。ここでは復元された国府の模型を見ることができました。つづいて武蔵の総社の大國魂神社を参拝。境内にある「ふるさと府中歴史館」の「国府資料展示室」を見てまわりました。つづいてJR武蔵野線の西国分寺駅へ。そこから武蔵の国分寺跡に行きました。国分寺跡を見てまわると、府中街道を横切り、JR武蔵野線のガードをくぐり抜けて国分尼寺跡へ。このときぼくは、府中街道が古代日本の官道の東山道の一部であることを知るのでした。

●明日は千葉県の「国府めぐり」に行ってきます。下総の国府(市川)から上総の国府(市原)、安房の国府(館山)と、房総の国府を見てまわります。何が見られるか、すごく楽しみです。つづいて上野(群馬県)、下野(栃木県)、常陸(茨城県)と北関東の国府をめぐります。10年計画でのカソリの「国府めぐり」はおもしろくなりそうです。(賀曽利隆)

越中の一宮、雄山神社の山頂本社を目指して立山を登る、立山は雄山(3003m)、大汝山(3015m)、富士ノ折立(2999m)の3峰から成っているが、そのうちの右端の雄山山頂に、雄山神社の本宮がまつられている
越中の一宮、雄山神社の山頂本社を目指して立山を登る、立山は雄山(3003m)、大汝山(3015m)、富士ノ折立(2999m)の3峰から成っているが、そのうちの右端の雄山山頂に、雄山神社の本宮がまつられている