『ツーリングマップル東北』の始まり

『アウトライダー』1997年4月号より

すべては桑原さんからの1通の手紙で始まった!

 今からちょうど2年前のことになるが、1995年2月に1通の手紙をもらった。

「突然にお手紙を差し上げる失礼をお許しください。さてご多忙のことと存じますが、賀曽利様にお願いがございまして、文書にてご連絡させていただきました。私どもは現在、日本全土を網羅した新しい道路地図を製作中でありますが、その中でも林道と峠に注目しており、そのための各種資料集めを行っております。つきましては日本全土にわたりツーリングをされ、数々の著書を執筆されている賀曽利様にいろいろとお話をお伺いし、地図を利用される方々に紹介できる資料等をご提供願えないかと、お願い申し上げる次第です」

 ていねいにそう書かれてあった手紙の差出人は、ぼくが常日頃愛用している『2輪車ツーリングマップ』や各県ごとの『分県地図』を出している昭文社道路地図課の桑原和浩さんだった。手紙を受け取るのとほぼ同時に電話をもらい、東京・市ヶ谷の昭文社本社で桑原さんに会った。

 桑原さんは九州男児の熱血漢で、バイク大好き人間。通勤にも愛車のBMWR1100Gを使っている。警視庁第1機動隊の猛者だったが、どうしてもバイクに関わる仕事をしたいと、昭文社に「押しかけ入社」をしたという異色の人材。ぼくはまだ若い20代の桑原さんがすごく気に入った。気持ちが一直線で、今の冷めた時代には珍しいほどの一生懸命さを体全体で表現できる人なのだ。この桑原和浩さんこそ、『ツーリングマップル』の仕掛け人なのである。

昭文社の「地図プロ軍団」とのうれしい出会い

 桑原さんと出会ってほんとうによかったと思ったのは、石原博道さんや山口賢司さん、隈部元英さんら、昭文社の「地図プロ軍団」のみなさんと知り合えたことだ。

 ぼくは「地図大好き人間」。本誌(アウトライダー誌)連載の「秘湯めぐりの峠越え」で何が楽しいかといえば、温泉宿に泊まり、温泉につかり、夕食を食べたあとで、部屋に広げた地図を見る時間。それはまさに至福の時といっていい。もう何もいらない、地図さえあればという気分になるほどなのである。

 このようにツーリングに出たときはもちろん、家にいるときでもぼくは地図をよく見る。30分でも1時間でも、夢中になって地図を見る。ぼくにとって、地図ほど夢をかきたててくれるものはない。1枚の地図を机の上に広げ、日本でも世界でも、好きなところを自由自在に「机上ツーリング」をしている。ガソリン代ゼロ、食費ゼロ、宿泊費ゼロの、きわめて安上がりのツーリングなのである。

 そんな地図大好き人間のカソリなので、昭文社の地図プロ軍団との出会いはうれしいものだった。みなさんの話を聞いて驚かされたのは、豊富な知識と情報量、それと地図へのものすごいこだわり。さすが地図プロ軍団。

 桑原さんの上司の石原さんには、ゴッソリと日本の峠の資料をいただいた。それを見て、まだ自分の越えていない峠がいくつもあることを思い知らされた。それだけではない。街道や岬、滝、展望ポイントなどへのこだわり、造詣の深さにはずいぶんと教えられることが多かった。

「みちのくライダー・カソリ」の誕生!

 さて、『ツーリングマップル』である。桑原さんは昭文社に「押しかけ入社」したような人なので、パワーが満ちあふれている。そんな桑原さんのパワーにカソリ、グイグイ押し込まれてしまった。

「カソリさん、じつは今度、『2輪車ツーリングマップ』を大改定するんですよ。つきましてはカソリさんに、その監修をお願いしたいのです」

「ま、待ってください。桑原さん、ぼくはそういうのはダメなんですよ」

 なにしろ、「世界を駆けるゾ!」と叫びつづけ、「生涯旅人!」をモットーにしているカソリなので、ぼくにとって興味があるのは現場のみというか、実際に自分自身でバイクを走らせ、自分自身の目でいろいろなところを見てまわることだけなのである。

 それではということで、改定版の「東北編」をぼくがやらせてもらうことにした。もちろん監修としてではなく書き手としてである。なぜ東北かといえば、『2輪車ツーリングマップ』の中でも「東北編」が一番売れなかったからだ。それともうひとつ、この数年来、東北にはすごく心をひかれ、何度となく足を運んでいたからだ。東北には味がある。かめばかむほど、ジワーッとにじみ出てくるような味なのである。それが東北。

 1年間の時間をもらい、さっそく東北の各地をバイクで走り始めた。1995年はぼくにとってはまさに「東北イヤー」。「みちのくライダー・カソリ」の誕生といったところなのである。

 この1年間というもの、すべてを東北に結びつけた。昭文社の取材で東北をまわるだけでなく、北海道への行き帰りを東北経由にしたり、『月刊オートバイ』の「峠越え」の連載を東北にしたり、『バックオフ』では東北の林道を総なめにする「みちのく5000」の連載を開始したり、『月刊旅』の取材では東北の温泉をめぐり、1000湯達成の温泉も東北にした。

東北のこだわりポイント。峠、温泉、名物料理…

 このようにして東北全域の資料や最新の情報を集めたのだが、一連の東北取材行の中でこだわったのは「峠のカソリ」なので、何といっても峠。その峠の中でも、中央分水嶺の峠にはとくにこだわりを持って越えた。中央分水嶺というのは「カソリ造語」だが、太平洋と日本海を分ける日本列島の背骨になる分水嶺のこと。東北でいえば奥羽山脈が中央分水嶺になっている。那須火山帯のほぼこの線に重なっているので、火山の噴出によってわかりにくくなっているところもあるが…。

「奥羽」というのは太平洋側の奥州と日本海側の羽州の合成語。奥羽山脈の中央分水嶺の峠を越えるということは、東北の2つの世界を見ることなのである。東北のツーリングコースの中でも、この奥羽山脈の中央分水嶺の峠越えコースが一番おもしろいと思っているので、『ツーリングマップル』では特別に「中央分水嶺マーク」を作ってもらった。

 峠と街道は密接に結びついているが、国道のルートナンバーとは別に昔からの街道名をのせるようにし、街道へのコメントを多くした。1本の街道でも峠を境にして街道名が変わることがよくあるので、その点をとくに注意した。

 こだわりの2点目は温泉だ。「日本中の温泉に入るゾ!」を大きな目標にしているカソリなので、1湯でも多くの温泉をと、もうフラフラになりながらもバイクを走らせて温泉に入りつづけた。1日に10湯は当たり前。多い日には20湯近くに入った。湯あたりし、心臓の鼓動が乱れ、「ヤバイな、これは…」と、不安にかられることもあった。まあ、それはさておき、北海道や信州も温泉の多いところだが、ぼくは東北が日本一の温泉地帯だと思っている。温泉の数が多いだけでなく、名湯や秘湯が数多くあるのが東北だ。

 混浴の温泉が多いのも東北の特徴。青森県の酸ヶ湯温泉、青荷温泉、岩手県の松川温泉、大沢温泉、秋田県の赤川温泉、澄川温泉…とあげていけば、もうきりがないほど。それら混浴の温泉では何度もいい思いをした。混浴の温泉というと、オバチャン、オバーチャンをイメージするが、数をこなすと若いみちのく美人と一緒になるチャンスもけっこうあるものだ。ということで『ツーリングマップル』には極力、混浴情報も入れてある。願わくば女性ライダーのみなさんが、「あ、ここに混浴の温泉がある!」といって、1人でも多くの人が混浴の湯に入ってくれるといいのだが。それは甘いか…。

 東北の温泉のよさはそれだけではない。共同浴場や公衆温泉浴場が数多くある。それらをひとくくりにして「共同湯マーク」を作ってもらったが、安い入浴料で入れるこれら東北の共同湯にもどんどん入ってもらいたい。

 東北の温泉のよさはまだある。宿泊料金の安い温泉宿が多いのだ。料金が安いだけでなく、「えー!」と驚きの声を上げてしまうほど、食事のいい温泉宿も多い。ということで、「おすすめの宿マーク」も作ってもらった。

 第3のポイントは食べ物だ。なにしろ食文化研究家のカソリなので、行く先々で土地の食べ物をできるだけ食べるようにしている。名物料理は借金をしてでも食べたほうがいい。使われる食材や料理法、保存法、味の濃淡などを通して、それぞれの土地の風土、土地の歴史といったものが、くっきりと浮かび上がってくる。このような郷土料理、名物料理、食の名産品などを、やはり特別な「食べ物マーク」つきでコメントしている。

「峠越え林道」も強力プッシュ!

 そしてもちろん、「オフロードライダー・カソリ」なので、林道情報には抜かりがない。ダート区間の距離や路面状況などできるだけコメントを多くしている。林道の中でも、とくに峠越えの林道には力を入れてコメントしている。ただ林道というのは、崩落などでしばしば通行止めになるし、ゲートが降りて通行止になっているケースも多いので、そのようなときはすぐさま別ルートを選択できるような柔軟さを持って走ってもらいたい。

 ということで桑原さんに約束した1年後の昨年(1996年)3月には、全部で1500項目ぐらいのコメントを用意して手渡した。その直後、2人で残雪の奥羽山脈を走った。ひなびた温泉宿に泊まり、雪道にアタックし、峠を越えた。そのときの写真が『ツーリングマップル東北』の巻頭のカラーページ。みなさん、ぜひとも見てください。完成した『ツーリングマップル東北』を見て思うことは、ぼく自身がこれを持って今すぐにでも、東北の山野を駆けめぐりたいということだ。

1997年に発売された『ツーリングマップル東北』
▲1997年に発売された『ツーリングマップル東北』
巻頭の写真ページ「賀曽利隆のみちのくおすすめルート」
▲巻頭の写真ページ「賀曽利隆のみちのくおすすめルート」
P20の「富岡」
▲P20の「富岡」