賀曽利隆の観文研時代[26]

韓国食べ歩き紀行(8)

光州の料亭料理

 光州(クワンジュ)を離れる日がやってきた。わずか4日の滞在ではあったが、名残おしい、忘れがたい町だ。

 私たちはすっかりお世話になった徐さんを招き、光州最後の食事をすこし奮発して料亭料理にした。料亭といっても、格式ばった、堅苦しいところではない。日本でいえば、小料理屋風の食事処といったところだ。

 私たちは部屋に通されたが、料理が出てくるまでには時間がかかった。1時間以上、待たされただろうか。隣の部屋の韓国人たちはその間、博打に精を出している。

 私たちはプロボクシングの世界タイトルマッチをテレビで見た。ベネズエラ人の世界チャンピオンに対して韓国人の挑戦者が果敢な打ち合いをのぞんだが、挑戦者は打ちのめされてしまう。だが、打たれても、打たれても、倒れなかった。噴出す鮮血で顔面を真っ赤に染めながらも、最後まで踏ん張りつづけた。

 やっと料理が出た。いったん出始めると、次から次へと出てくる。膳はあっというまに料理の皿で埋めつくされてしまう。壮観な眺めだ。調味料、香辛料の皿も含めれば、皿数は30以上になった。とてもではないが、食べきれる量ではない。私たちは3人がかりでがんばったが、半分は残してしまった。

光州の料亭料理。ズラズラッと皿が並ぶ

 光州の料亭料理のとてつもない量の多さはさておき、それを食べてみて感じたのは、料理の中に占める肉料理の少なさである。

 30皿近い料理のうち、わずか1皿、焼肉がついただけで、印象としてはまったく肉料理抜きの食事なのである。

 これはどう考えたらいいのだろうか。魚介類の豊富な黄海や多島海に面した全羅南道(チョンラナムド)だからなのであろうか…。

 ソウルで食べたプルコギやカルビの焼肉料理、ブタの臓物料理、さらには光州に着いて早々に食べたバラエティーに富んだ牛肉料理で感じたのは、この国にしっかりと根をおろしている肉食の伝統文化であった。ところがこうして肉料理抜きの料亭料理を食べてみると、ほんとうにそうなのだろうかと、疑わざるをえない。

 というよりもむしろこの国では本来、それほど肉を食べていなかったのではないかと、そう考える方が自然なようにに思えてくるのだった。

 朝鮮半島は、ユーラシア大陸の肉食・乳食文化圏に隣り合っている。しかし韓国はその食文化圏には含まれていない。それは市場を歩いてみれば、はっきりとわかることだ。

 たしかに市場では、肉類は目についた。ところがミルクや乳製品のヨーグルト、バター、チーズのたぐいが私の記憶に残らないほど、目につかなかった。

 乳製品は牧畜世界の基本食となるものだ。それが韓国で一般化しなかったということは、牧畜世界から中途半端な形で肉食だけを受け取ったとしかいいようがない。

 それにひきかえ、韓式定食や料亭料理では、魚介料理がきわめて多かった。魚介類をふんだんに使っている。日本と韓国は魚介類をよく食べるという点では、きわめて似ている。

辛くない料亭料理

 光州の料亭料理はご飯、味噌汁、豆腐のチゲ、6種のキムチ、3種のナムル、サワラの焼き魚、イシモチの煮魚、タコの酢の物、焼肉、玉子焼き、ニンニクの醤油漬け、カボチャの揚げ物、明太子、2種の塩辛…といったものだった。

 それを食べてみて、もうひとつ強く感じたことは、全体のさっぱりとした味つけである。トウガラシの辛味はそれほどでもなかった。

 私は料亭料理を味わいながら、しきりと韓国における「トウガラシ以前」を考えた。

 今でこそ韓国食といえば、トウガラシ全盛の感がある。しかし、伝統的な韓国の食事を比較的よく伝えているといわれる料亭料理がそれほど辛くないということは、
「もともと韓国の食べ物は、そう辛くはなかった」
 と思わせるのに十分なものがあった。

 トウガラシがこの国に伝わってからというもの、それまで使われていたニンニクやショウガ、サンショウ、コショウといった香辛料はあっというまに押しのけられてしまった。

 トウガラシが香辛料の王座についた理由のひとつには、いったん辛味になじむと、より刺激的な味を求めるといった人間の味覚への傾向があるからではないだろうか。

 人間の感じる味覚の基本は甘味、酸味、苦味、辛味、鹹味の五味で総称されるが、そのうちトウガラシの辛味は刺激味といっていい。針で肌を突っつくのと同じことで、たんに刺激を与えるだけで、その辛味は栄養分となって体内に吸収されることはない。

 たとえば砂糖の甘味や塩の鹹味は体が受け付ける量が限られているのに、トウガラシのような辛味は個人差、民族差が大きく、その許容範囲にはかなりの幅がある。

 そのため、ある刺激に慣れてしまうと、より強い刺激を求め、辛味がどんどんエスカレートしていく傾向がある。その結果、韓国ではトウガラシが全盛になったのではないかと私は考えた。