賀曽利隆の観文研時代[14]

下北半島・佐井の「食」(2)

 青森県佐井村は下北半島の西部に位置し、津軽海峡に面している。山地は海に落ち込み、断崖をつくり、奇岩の連なる仏ヶ浦のような名所もある。

佐井の名所、願掛岩からの眺め。国道338号が海岸線を通っている

 海岸線に平地のほとんどない佐井では、海の幸と山の幸を取り入れた食生活の両方を見ることができる。

 まずは「海の幸」だが、佐井の漁業を大きく分けると、磯での海草の採取、海岸近くでの貝類やウニなどの採取、比較的海岸に近い地先の海でのタコ漁やヤリイカ、魚類の網漁の3つから成っている。

 海草の採取は3月のフノリ、4月のコンブ、ヒジキ、4月から6月にかけてのワカメ、6、7月のテングサ、7、8月のモズク、7月から11月にかけてのコンブ、冬の間のイワノリと見事なローテーションでつづき、年間を通して磯では何らかの海草を採っている。

 フノリは味噌汁の具にし、ヒジキは油炒めにしたり、飯に混ぜてヒジキ飯にし、テングサからはトコロテンやカンテンをつくる。4月のコンブ漁では「ワカオイ」(若い時期のコンブ)を採るが、この時期のものはコブ巻きに使われ、7月から11月にかけて採る「アツコンブ」はダシコブとして使われる。貝類にはアワビ、サザエ、シュリガイ、ツブガイ、魚類にはカレイ、ヒラメ、タイ、サケ、マス、タラなどがある。

 佐井では「すし」づくりが盛んだ。タナゴ、カワハギ、ホッケなどをなれずしにしているが、たなごずしのつくり方は次のようなものだ。

 タナゴは産卵前の5月、体長10センチにも満たない小さなころが、身が固くしまってすしづくりにはいいという。まずタナゴのウロコを取り、エラとハラワタを取る。よく洗い、ひと晩くらい弱い水、たとえば水道をタラタラたらすような感じで流れ水に打たせる。そして水切りしたあと、同じくひと晩くらい酢に浸す。

 下準備としてダイコン、ニンジン、ハクサイ、キャベツなどの野菜に塩をし、それを硬めに炊きあげた飯に混ぜ合わせ、さらにショウガやサンショの実を混ぜ合わせる。

 魚を漬け込むすし桶に具の混ざったすし飯を敷き、その上に酢に浸したタナゴを並べ、その上にまたすし飯を敷きと、交互に重ねていく。一番上にはササの葉を敷きつめ、すし桶にぴったり合う蓋をし、その上から重石をかける。1週間ほど重石をかけておくと水気が上がってくるが、これは捨てる。さらにそのあと3日ほど重石をかける。

 このようにしてつくる「たなごずし」は10日ほどで食べられるようになる。ご飯のおかずにするだけでなく、絶好の酒の肴にもなる。また「カヤキ煮」といって、すし桶の中のすし飯をさっと煮たてたものが好まれている。

 次に「山の幸」だが、佐井で食用にされている野草や山菜の類はきわめて多い。野草だとアザミ、ミツバ、ミズ、ワサビ、アカハギ、ヨモギ、セリ、ボウナ、カリグサ(アイコ)、カタクリ、ウド、ツトビル(アイヌネギ)、ニオなど、山菜だとゼンマイ、ワラビ、コゴミ、ヤマウド、フキ、シドケ、タラボ(タラノメ)、タケノコなどである。

 4月の雪どけと共にコゴミ、ミツバを採りはじめ、ワサビ、アザミ、タラボ、シドケ、ワラビ、フキとつづき、6月中旬のタケノコが最後になる。アザミ、セリ、ミツバなどは家のまわりで採り、フキ、タケノコは奥山で採る。

 フキ、ワラビ、アザミが佐井の「三大野草・山菜」といったところで、それほどよく採られ、またよく食べられている。これらは日常の食事だけでなく、盆や正月、冠婚葬祭には必ずといっていいほどつくられる「煮しめ」の食材になる。

 野草・山菜の類は主に茎の部分が塩漬けにされ、長期間、保存される。かつては7、8年くらい漬け込んだものが普通で、10年以上置くようなこともあったという。北国の冬の厳しさとあいまって、それほどまでして、いざというときに備えた。塩漬けにした野草・山菜は食べるときには水に戻し、ゆでておひたしにしたり、味噌汁の具にする。先にもふれたように、ハレの日の料理にも欠かせない。

 タケノコはササダケのもので、鉛筆のように細い。6月にはいってから、フキが終わったあと、奥山に入って採る。タケノコのよく採れるような場所はクマのよく出る場所でもあるので、タケノコ採りというのはクマと出くわす危険性がきわめて高い。

 佐井では野草・山菜類だけではなく、食用にしているキノコの種類も多い。主な食用のキノコとしては次のようなものがある。

 シイタケ、ナメコ、マイタケ、ハバキダケ、マスダケ、キクラゲ、シロシメジ、ムラサキシメジ、カスカ、ヤナギダケ、ハツタケ、タムギ、シモダケと。キノコも塩漬けにして長期間、保存される。

 佐井でのキノコ採りは8月中旬のタムギにはじまり、主なものとしては9月のマイタケ、10月のムギタケとつづき、11月中旬のナメコで終わる。なお、シイタケとハバキダケは春、秋の2回、採りにいく。そのうちシイタケは採取から栽培へと変わりつつある。